「…強く…もっと強く…」

 迷宮に、小さな呟きが響き渡る。

 びゅっ、びゅびゅっ、びゅっ。

 拳が虚空を切る音が、無音の迷宮内では妙に大きく聞こえる。

 格闘の鍛錬のようだ。

 見るものがあれば、その洗練された動きに息をすることすら忘れるだろう。

 …ふおんっ!

 魂を奪われんばかりに完璧な、かつ美しい回し蹴りが、砂を詰めた練習人形に炸裂する。



 鈍い音とともに、人形の頭部が破砕した。



「…ふぅ」

 一通りの練習を終えた彼は、その場に座り込んだ。そのまま軽く呼吸を整え、目を閉じる。

 (…なぜ、俺は敗れるのだ)

 常々思うことであった。

 己の技には絶対の自信がある。

 少なくとも、相手の攻撃を避けることに関しては、俺より上手いやつはそうそういない。

 なのに、なぜ…。

 (いや!)

 彼は頭を振り、余計な考えを頭の外へ追いやった。

 余計なことを考えてはいけない。己の拳が鈍るだけだ。

 目の前の敵を打ち砕け。

 勝利、それのみを考えろ。

 己に強く言い聞かせ、瞑想を続けた。



 (…!)

 どのくらいの時が過ぎただろうか。

 彼の耳に、かすかな、しかし聴きなれた音が聞こえた。

「来たか…」

 居室に近づくものたちの足音である。

 ゆっくりと腰を上げ、扉の前で仁王立ちになる。

 いつにも増して身体の状態はいい。拳や蹴りの切れも上々だ。

「…今日こそは…勝つ」

 扉が、蹴破られた。



「ねーねー、DILTOもMORLISも終わっちゃったよー」

「そうか。じゃ、そろそろ帰ろうか」

「レベル上がるかなぁ」

「30匹も殺したんだぜ、これで上がらなきゃ詐欺だっつの」

「ねぇ、これでMADI覚えるから、ここにはもう来なくていいでしょ」

「私も来たくなーい。魔法もったいないしー、ていうか宝物出さないしー」

「そろそろ10階目指そうよ」

「そうだな」



 外に出て行く冒険者達の残酷な声が、彼の耳に残る。

「…強くなりたい…もっと…」

 手ひどくいたぶられ、ボロクズのようにされた身体を横たえたまま、彼は涙した。

 死ぬことすら許されず、冒険者たちの練習相手として倒され続ける哀れな亡霊。

 救われる日はいつの日か。

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